表計算ソフトの歴史 第1回|IBMにつながるパンチカードからパソコン前夜まで

表計算ソフトは、突然生まれた便利アプリではありません。企業や行政のデータ処理、パンチカード、大型コンピューター、パーソナルコンピューター前夜までの流れを整理します。

概要

ExcelやGoogleスプレッドシートは、今では日常的な道具です。

数字を入力し、関数を入れ、条件を変え、結果を確認する。この作業は、多くの人にとって「パソコンでやるもの」になっています。

しかし、企業が数字やデータを扱う歴史は、表計算ソフトから始まったわけではありません。

その前には、パンチカードの時代がありました。

パンチカードは、紙のカードに穴を開け、その穴の位置で情報を記録する仕組みです。企業や行政のデータ処理の文脈では、Herman Hollerithの集計機械と、そこからIBMへつながる歴史が重要です。

表計算ソフトの歴史を見るには、まず企業の数字やデータが、どのように機械で処理されるようになったのかを見る必要があります。

パンチカードは企業データ処理の原点に近い

パンチカードの考え方自体は、コンピューター以前から存在しました。19世紀初めのジャカード織機では、穴の開いたカードを使って布の模様を制御していました。

ただし、企業データ処理の歴史で重要なのは、Herman Hollerithです。

Hollerithは、1880年代にパンチカードを使った集計機械を開発しました。背景にあったのは、米国の国勢調査です。

人口が増えると、調査結果を人手で集計するだけでは時間がかかりすぎます。そこでHollerithは、人の属性や回答をカードの穴として記録し、機械で読み取って集計する仕組みを作りました。

この仕組みは1890年の米国国勢調査で使われ、大きな成果を上げます。

ここで重要なのは、パンチカードが単なる入力媒体ではなかったことです。

紙のカードに情報を記録し、機械で分類し、集計する。これは、大量のデータを扱うための業務システムでした。

HollerithからIBMへ

Hollerithはその後、Tabulating Machine Companyを設立します。

この会社は、のちに他の会社と統合され、Computing-Tabulating-Recording Company、略してCTRになります。そして1924年、CTRはInternational Business Machines、つまりIBMへと名前を変えます。

IBMの歴史の中核には、パンチカードによるデータ処理があります。

IBMは、最初から現代的なコンピューター会社だったわけではありません。企業や行政の記録、分類、集計、事務処理を機械化する会社として発展してきました。

売上、在庫、給与、会計、顧客、統計、予算。企業は昔から、数字を扱っていました。

パンチカードは、その数字やデータを紙だけで管理するのではなく、機械で処理するための仕組みだったのです。

まだ数字と対話する道具ではなかった

パンチカードは、大量のデータ処理を進めました。

しかし、現在の表計算ソフトとは使い方が大きく違います。

Excelなら、セルの数字を変えると関連する計算結果もすぐに変わります。Googleスプレッドシートなら、複数人が同じ表を開き、同時に編集できます。

一方、パンチカードの世界では、入力は物理的な作業でした。

  • カードに穴を開ける
  • カードを機械にかける
  • 分類する
  • 集計する
  • 結果を出す

この流れは、画面を見ながら数字を直し、その場で結果を見るものではありません。

パンチカードは、データ処理を機械化しました。しかし、人間が数字を動かしながら考える道具では、まだありませんでした。

大型コンピューターも個人の机にはなかった

その後、電子式の大型コンピューターが登場します。

企業、研究機関、政府機関では、計算処理、統計、会計、集計などにコンピューターが使われるようになります。

ただし、それでもコンピューターは個人の机の上にある道具ではありませんでした。

専用の部屋に設置され、専門の担当者が管理する設備です。一般の社員が自分で開き、数字を修正し、すぐに試算するものではありません。

企業の数字は、機械で処理されるようになっていきました。しかし、まだ担当者が自分の机で数字を動かす段階ではなかったのです。

半導体とマイクロプロセッサ

この状況を変えていったのが、半導体技術とマイクロプロセッサの発展です。

電子回路は小型化し、コンピューターの中心的な処理機能も、より小さな部品に集約されていきました。

特に1970年代以降、マイクロプロセッサの登場によって、コンピューターは個人や小規模な事業者にも近づいていきます。

ここで初めて、コンピューターは巨大な設備から、個人が所有できる機械へ向かい始めます。

ただし、ハードウェアが小さくなっただけでは、仕事の現場には入りません。必要なのは、仕事で使う理由でした。

Apple Iは個人用コンピューターの可能性を示した

Apple Iは、Steve Wozniakが設計し、Steve Jobsが販売に関わった初期のコンピューターです。

ただし、現在のMacやノートPCのように、箱から出してすぐ使える完成品ではありませんでした。主に基板として販売され、キーボード、ディスプレイ、ケース、電源などは利用者側で用意する必要がありました。

Apple Iは、一般の会社員が仕事に使うパソコンというより、技術者やコンピューター愛好家に近い人たちのための製品でした。

それでも重要なのは、コンピューターが巨大な設備から、個人が所有できる対象へ近づいていたことです。

Apple Iは、仕事の道具としてのパソコンではなく、その前段階にある個人用コンピューターの可能性を示した存在でした。

まとめ

表計算ソフトの歴史は、パソコンだけの歴史ではありません。

その前には、パンチカードによるデータ処理の歴史があります。Herman Hollerithの集計機械は、1890年の米国国勢調査で使われました。Hollerithの会社は、のちにCTRを経てIBMへつながっていきます。

IBMの源流には、企業や行政のデータを機械で処理するという発想がありました。

ただし、パンチカードや大型コンピューターは、まだ個人が数字を動かしながら考える道具ではありませんでした。

表計算ソフトが大きかったのは、企業の数字を、専門部署の処理から個人の机上の試算へ近づけたことです。

第2回では、Apple IIとVisiCalcが、どのようにパソコンを仕事の道具へ変えたのかを整理します。

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